私が竜宮おばさんだったとき

歴史的な寒波が静岡県を襲った日、
訳あって赤電の駅三つ分歩いた。
しかも、大きなキャリーケースを引いて。

浜松生まれは寒波に弱い。
この日も、意識が遠のきそうになるのを
必死で堪えて、アクトタワー目指して歩いた。

だが不思議な事に、歩いても歩いても
アクトタワーが近付いてこない。
いや、むしろ遠のいているような気さえする。
ひょっとして寒さでボーっとして、
逆方向に向かって歩いているのか?

だんだん周りの風景が輪郭をなくし、
昔の思い出が走馬灯のように浮かんでは消える。
「ああ、これじゃあマッチ売りの少女だ。
ひょっとして私、遭難しちゃうのかな?」

するとその時、目の前に唐突に現れた明かり!
「助かった!山小屋だ。ここで少し休ませてもらおう。」



階段を上り、厚い木の扉を恐る恐る開けると、
そこではアルプスの災害救助犬が、
首に酒樽を抱えて待っていてくれた。



そして、冷え切った身体でカウンターに座った私に、
こんな飲み物を差し出してくれたのだ。



「竜宮おばさんです。」
「誰がおばさんだ!!」
「カクテルの名前ですが…。」

はっ!このドS発言はひょっとして!

両手で目を何回もこすり、今一度カウンターを見ると、
馴染みのバーのオーナーバーテンダーが
目の前に立っていた。

きっと寒さで幻を見たに違いない。
山小屋に見えた室内は、いつもの見慣れた店内だ。
ああ、私は確かに生きている。
お店が開いていて、本当に良かった。

因みに竜宮おばさんはマスターのオリジナルカクテルで、
甘酒を使った竜宮小僧というノンアルコールカクテルを
大人向けに作り替えたもの。

甘酒とジンジャーが、危うく冬山で遭難しかけた私を
救ってくれた。ありがとう、竜宮おばさん。
(でも、竜宮城なら乙姫でいいんじゃない?)

追伸:身体も心もあったまった私に、次に掛けられた言葉は、
「もう帰る?お勘定していい?まだバスあるに。」でしたとさ。

ああ、歴史的寒波…。雪雪雪






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